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西安の大雁塔
Zouzouの物語 · 昔の旅人

インドまで歩いた僧

写真:Gary Todd · CC0

629年、一人の若い僧が禁令を破って長安を抜け出しました。何年も後に657部の経典を持ち帰り、それを納める塔が建てられました。

2026-09-28に以下の出典で確認済み · 約4分で読めます

629年、三十歳近い一人の僧が、許しを得ないまま唐の都・長安を後にしました。国境の外へ出ることは禁じられており、通行証の願いも退けられていました。僧の名は玄奘です。長年仏典を学ぶうちに、漢訳の経典には欠けたところや食い違いが多いと感じ、インドへ行って原典を読もうと決めたのです。

砂漠と雪山を越えて

玄奘は、今日シルクロードと呼ばれる道を西へ進みました。河西回廊を抜け、夜陰にまぎれて国境の烽火台をやり過ごし、一人で砂漠を越えてオアシスの国々へたどり着きます。弟子の慧立が書いた伝記によれば、高昌(トゥルファン)の王は玄奘をたいへん気に入り、宮廷に引き留めようとしたといいます。それでも玄奘は先へ進みました。クチャを経て、雪に覆われた天山の峠を越え、タシケント、サマルカンド、バクトリアを通り、ヒンドゥークシュを越えてインド亜大陸に入りました。

インドでは、当時アジア有数の学問の中心だったナーランダー僧院で数年を過ごし、院長シーラバドラ(戒賢)に学びました。各地を旅してブッダの生涯にゆかりのある地を訪ね、写本を集め、ハルシャ王の宮廷で開かれた大きな論争にも加わりました。やがて、タクラマカン砂漠の南縁を回る南の道で帰路につきます。645年に長安へ戻ったとき、出発から約17年がたっていました。

ひそかに出た者の帰還

こっそり国を出た人を、今度は大勢の人々が出迎えました。太宗は玄奘に謁見を許し、官職を勧めましたが、玄奘は辞退します。太宗は、見聞きしたことを書き残すよう求めました。こうして646年、僧の弁機の助けを得て『大唐西域記』が完成します。百を超える国や地域の気候、作物、言葉、風習、君主、寺院が記された書物です。歴史家は今もこの本を頼りにしており、インドや中央アジアの考古学者は、書かれた方角をたどって古い遺跡を突き止めてきました。

玄奘は657部の経典を520の箱に詰めて持ち帰り、仏像や仏舎利も携えていました。残りの生涯を、助手たちとともに翻訳にささげます。664年に亡くなるまでに訳したのは約75部1335巻。持ち帰ったもののごく一部ですが、東アジアで最も大きな影響を与えた経典がその中に含まれています。

侍者を連れた玄奘、日本の掛軸
侍者を連れた玄奘、日本の掛軸写真:The Metropolitan Museum of Art · CC0

経典のための塔

これほどの経典には、安全な置き場所が必要でした。648年、皇太子の李治(のちの高宗)は亡き母をしのんで大慈恩寺を建て、玄奘はそこへ移って翻訳を指揮しました。652年、玄奘は経典と仏像を守る塔の建立を願い出ます。最初の塔は五層で、土の芯をれんがで覆ったつくり、旅の途中で見たインドのストゥーパにならったものでした。けれども長くはもちませんでした。数十年のうちに崩れはじめ、8世紀初め、則天武后の時代に中国式の楼閣風の塔としてより高く建て直されます。そのとき何層だったかは、史料によって食い違っています。現在は七層、高さ約64メートルで、明代に加えられた厚いれんがの外壁に包まれています。

塔の下には唐代の石碑があり、太宗が玄奘の翻訳のために書いた「大唐三蔵聖教序」と高宗の文が、書家・褚遂良の優美な筆跡で刻まれています。のちに科挙に合格した人々はこの塔に名を書き記すようになり、この習わしは「雁塔題名」として語り継がれました。塔の名の由来ははっきりしません。ひとつの説は、玄奘自身の『大唐西域記』にある話、インドの僧たちが空から雁が落ちてきた場所に塔を建てたという話と結びつけています。

The Big Wild Goose Pagoda framed by pine trees in evening light西安の見どころ大雁塔 大雁塔インドから持ち帰った経典を納めるために建てられた唐代の塔で、夜には噴水ショーがあります。

孫悟空と本物の三蔵

九百年ほど後、玄奘は中国で最も愛される小説の登場人物になりました。明代の1592年に刊行され、一般に呉承恩の作とされる『西遊記』では、三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄を連れて、妖怪だらけの八十一の難を越えながらインドへ向かいます。これはフィクションで、実際の旅をめぐって何百年も語り継がれてきた物語をもとにしています。何かあるたびに弟子に助けられる小説の気弱な三蔵は、砂漠や山脈をほとんど一人で越えた歴史上の玄奘とはまるで違います。玄奘自身の本に書かれているのは、妖怪ではなく、道のりや収穫、人々の暮らしです。

今、訪ねるなら

大雁塔は今も西安南部の大慈恩寺の境内に立ち、2014年からはシルクロードの一部としてユネスコの世界遺産に登録されています。寺の中庭を歩き、塔のふもとで唐代の石碑を探し、内部の階段を上って塔のまわりに広がった街を眺め、正面の広場では玄奘の像を見つけてみてください。実用的な情報は大雁塔のページにあります。

この物語に出てくる場所

出典

伝説は伝説として紹介します。歴史家の間で意見が分かれる点は、そう明記します。

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