清王朝
清朝Qīngcháo1644–1912年
満洲族が建てた中国最後の王朝(1644–1912年)。北京、瀋陽、承徳にその宮殿や庭園が残ります。
清は東北の満洲族が建てた王朝です。ヌルハチが諸部族を統一し、その子ホンタイジが1636年に盛京(現在の瀋陽)で国号を「清」と定めました。1644年に清軍が北京に入り、以後北京は最後まで都であり続け、朝廷は明が建てた紫禁城に移りました。17〜18世紀の康熙帝・雍正帝・乾隆帝の長い治世に領土と人口は最大となり、宮殿や庭園、寺院が大規模に造られました。19世紀には外国との戦争や大規模な内乱が続き、1912年に幼い最後の皇帝・溥儀が退位して、二千年以上続いた皇帝支配は終わりました。紫禁城、頤和園、承徳の避暑山荘には、いまも清の宮廷の姿がよく残っています。
別名: Ch’ing dynasty · Manchu dynasty

中国で見られる場所
この言葉が出てくるページ
関連項目
人物康熙帝 61年間(1661–1722年)在位し、中国史上最も長く君臨した清の皇帝。承徳の避暑山荘を造営しました。人物乾隆帝 康熙帝の孫で、繁栄の絶頂期の清を60年(1735–1796年)治めた皇帝。庭園を築き、美術品を熱心に集めました。王朝明王朝 明朝紫禁城と、いま見られる万里の長城の大部分を築いた王朝(1368–1644年)。都は初め南京、のちに北京です。芸術と工芸京劇 京剧1800年ごろ北京で生まれた中国を代表する舞台芸術で、歌・せりふ・演技・立ち回りに隈取りと華やかな衣装が加わります。思想と信仰チベット仏教 藏传佛教7世紀からチベットで育まれた仏教で、僧院、マニ車、タンカ、巡礼者が歩くコルラで知られています。場所と建物胡同 灰色のれんがの四合院が並ぶ古い北京の路地。歩くか自転車で巡るのが、街の日常に触れるいちばんの方法です。
出典
- Qing dynasty — Encyclopaedia Britannica (britannica.com)
- Imperial Palaces of the Ming and Qing Dynasties in Beijing and Shenyang — UNESCO World Heritage Centre (whc.unesco.org)
- Mountain Resort and its Outlying Temples, Chengde — UNESCO World Heritage Centre (whc.unesco.org)
- Qing dynasty — Wikipedia (en.wikipedia.org)




