乾隆帝
Qiánlóng Dì1711–1799年
康熙帝の孫で、繁栄の絶頂期の清を60年(1735–1796年)治めた皇帝。庭園を築き、美術品を熱心に集めました。
乾隆帝は名を弘暦といい、康熙帝の孫です。1735年から60年間、最も豊かな時代の清を治めました。1796年、祖父より長く在位しないよう退位しましたが、太上皇として1799年に亡くなるまで実権を握り続けました。熱心な収集家であり詩人・書家でもあった彼は、宮廷美術コレクションの多くを集め、名だたる古画に自らの印や詩を書き加え、膨大な叢書『四庫全書』の編纂を命じました。建築も大規模で、のちに頤和園となる庭園、イエズス会士の画家とともに設計した円明園の西洋風宮殿、承徳周辺のチベット様式の寺院を築きました。祖父と同じく6回江南を巡幸し、各地の庭園や湖には彼の筆跡を刻んだ石碑がいまも残っています。
別名: Emperor Qianlong · Hongli

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関連項目
人物康熙帝 61年間(1661–1722年)在位し、中国史上最も長く君臨した清の皇帝。承徳の避暑山荘を造営しました。王朝清王朝 清朝満洲族が建てた中国最後の王朝(1644–1912年)。北京、瀋陽、承徳にその宮殿や庭園が残ります。芸術と工芸書道 书法筆と墨で漢字を書く芸術で、古くから中国で最も格の高い芸術の一つとされ、今も各地で親しまれています。思想と信仰チベット仏教 藏传佛教7世紀からチベットで育まれた仏教で、僧院、マニ車、タンカ、巡礼者が歩くコルラで知られています。芸術と工芸京劇 京剧1800年ごろ北京で生まれた中国を代表する舞台芸術で、歌・せりふ・演技・立ち回りに隈取りと華やかな衣装が加わります。
出典
- Qianlong Emperor — Wikipedia (en.wikipedia.org)
- Qianlong — Encyclopaedia Britannica (britannica.com)
- Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing — UNESCO World Heritage Centre (whc.unesco.org)



